2009年10月27日火曜日

Mon, Oct 26

  • 21:16  @yamatosh 詳しくはまた聞いてきますが、再開発の計画があったと思います。11月に中活幹事会に対してプレゼンテーションさせていただくために訪問いたします。  [in reply to yamatosh]
  • 21:13  今考えてもすごい事だと思う。在籍なしで15〜6年、会社があるのでいつもとはいかないけれど、行けばゼミに出席していた。仕事はまかされていたので、ゼミに行くと決めればそれも仕事だった。
  • 21:07  ・・・というか、、阪大生協のテイクアウトナンカレーを思い出したりなんかしている、今。
  • 21:03  何よりもラッキーだったのは研究室の研究を15年以上に渡って間近に見れたこと。研究室の研究対象は、CGというわけでは無い。プロジェクト推進における情報共有。コミュニケーション。その手法やツール、ネットワーク技術。関係者間での「開かれた設計環境」を構築することがテーマであったと思う。
  • 20:55  35歳からの10年間は自分自身もほとんど毎日が日付が変わって2時3時だった。あのころの自分は家族持ちとしては失格だろうけれど、本当にやりたいことを見つけた水を得た魚だった。
  • 20:48  笹田先生はいつ訪問しても歓迎してくれたので、ほとんどアポを取ることなく研究室に通っていた。震災前までは先生が家路に着く時間はいつも午前三時だったので私も会社の帰り日付が変わってから大学に立ち寄る事が多かった。
  • 20:44  帰宅なう。きのう船橋の東武とヨーカ堂で見つけられなかったグラハムクラッカー、あればラッキーという気持ちで西武のデパ地下へもぐって発見。そのままテイクアウトインド料理店の椅子席に吸い寄せられてナンカレーセット食べちゃった。マトンカレーとほうれんそうマッシュルームカレー。美味。
  • 20:38  あはっいや。特に何があるというわけではありません。一度訪問しませんか、という話に勉強しておこうと。RT @hanasakata: えっ、酒田? RT @ryusama1020: 山形市と酒田市の中活認定計画書をプリンタースプーラに送って会社を出てきた。認定計画書を熟読した上で現地
  • 19:24  山形市と酒田市の中活認定計画書をプリンタースプーラに送って会社を出てきた。認定計画書を熟読した上で現地をくまなく歩くとその都市の成り立ちや課題をかなり知ることができる。
  • 13:53  短縮リンクが切れているため再掲。当時はCGをやっている人が少ない事もあり、半年後には専門紙の表紙を飾ったりもした。 http://f.hatena.ne.jp/twitter/20091026135302
  • 13:31  RT @selfpit: 近江鉄道のサイクルトレイン http://bit.ly/oyL5S
  • 10:30  当時のCGはまだ黎明期。世の中にろくなソフトウェアも無く、それなりに苦労はした。しかし当時建設分野のCGの世界第一人者だった阪大の笹田剛史教授に巡りあったことは、私の人生を変えるぐらいの出来事だった。
  • 10:20  35歳でシステムキッチンのビジュアルプランニングシステムの開発を先輩から引き継ぎ、はじめてコンピューターグラフィックスの世界に入った、、はいいけど、上司が皆転属し、私もテーマを抱えたまま異動した。
  • 10:11  35歳ぐらいまでは住宅向け外装材の耐久性評価技術開発や評価、あるいは外装材の商品開発などに携わっていた。
  • 10:07  自分の会社生活を振り返ると、35歳ぐらいまで、仕事の内容が今と全く違ったし、またかなり従属的に仕事をしていたと思う。
  • 10:01  @rookie18xxx うむ。現地ならでは、ですね。石垣牛が全国有名牛のほんとの生まれ故郷と知れば、たいへん羨ましいかぎりです。ともかくあんな旨いカルビを食べたことなかった。  [in reply to rookie18xxx]
  • 00:05  これはなんともおもしろいブログ検索エンジンだなぁ。 http://blogopolis.jp/
  • 00:02  ふぉろーしましたよ〜 RT @ularatter: 試しにやってみる。ソーシャルアプリとかソーシャルメディアが大好きな女子です。慶應4年で、学校ではARG(代替現実ゲーム)の地域活性化への応用について研究してます。 #followme
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